Trick or Trick?
にんまりと笑う君の表情に、薄ら寒いものを覚えた。
10月31日、万聖節前日。
数日前にGUNの同僚から譲り受けた南瓜を使う時がやってきたようだ。
汚れ一つないキッチンに、自分の頭半分はあるのではないかという物体を転がす。
大降りの包丁を久し振りに引っ張り出し、上部だけを切り取る。
種をスプーンでほじくり取り除き、実の部分を少々力を込めてくりぬき、ボウルに放り込んだ。
昔はこの作業を蕪を使ってやっていたというのだから、過去の人々の労力は並みのものではなかっただろうと暫く思いを馳せた。
綺麗に実の箇所を無くしてから、容器となる外装はとりあえず放置し、中身を均等に切り分け、蒸し器に入れていく。
蒸しあがるまで読書に興じながら、キッチンタイマーが時を知らせるまで、暫しの静寂を楽しもうと、ソファに腰掛け、分厚いハードカバーの表紙を開いた。
ピンポーン
静まり返っていた世界をぶち壊す音に少々の苛立ちを感じながら開いたばかりの本を閉じてテーブルに放り出し、外への扉を開きに行く。
開いた先には、小振りの黒い三角の鍔付き帽子と、特徴的なマントを羽織った、白の姿。少し恥ずかしいのか、頬を紅潮させながら、へらりと笑う。
「…シルバー、その格好は」
「え、あ、これ?エミーが今日はハロウィンっていうお祭り?って言うからさ。みんなこういうの着るんだろ?」
心底楽しんでいる相手に水を差すような真似をする気も無い。
呆れの方が先行する思考を強制的に追い出し、部屋の中へ招き入れた。
「あ、そうだ、シャドウ」
「……何だ」
「とりっくおあ、とりーと?」
「………今その準備中だ」
とりあえずシルバーを黙らせる為に紅茶を入れ、大人しくしているように釘を刺しておいた。
以前取り寄せておいた焼き菓子を差し出しておいたから、暫くは静かにしているだろう。
目の前で本当に美味しそうに食べている相手を見て、無意識に口端が緩む。
そうこうしていたら、タイマーの電子音が時間を告げてくる。
蒸し器の蓋を開き、銀色に輝く串で柔らかさを確認した。
抵抗なく進んでいく様子を確認し、蒸し器から取り出す。
薩摩芋よりも水気を多く含む南瓜では、裏ごしは必要なさそうだ。塊を軽く潰すだけにしておいた。
大き目の鍋を取り出して、バター、砂糖、塩を入れ、弱火にかけながらに煮溶かしていく。
ゆっくりと、決して焦がさぬそうに木箆を円を描くように動かしながら全てが混ざるまで、焦らず時間をかけて。
黄金色に乳白色が混ざれば、南瓜を鍋に加え、また混ぜる。
なめらかになるまで、端から持ち上げ、先程までの砂糖などの残滓が見えなくなるまで、かき混ぜていく。
しっとりと、少々の重みを感じるようになり、コンロの火を消して卵黄と生クリームをあらかじめ混ぜておいたものを加える。
先程よりも全体がまとまり、木箆にずっしりとした感触が伝わってきた。そろそろ頃合だ。
銀色の容器にバターを塗布し、それの中に小分けしていく。
甘いものがあまり好きではないソニックでも、今回は砂糖や生クリームを控えたから食べられる位の味に調えられているはずだ。
全て容器に空け、表面に卵黄を塗ってから温めておいたオーブンで焼成を始める。
やけに静かだと思ったら、シルバーはソファに寝転びそのままの格好で眠っていた。
「…シルバー」
「ん…む?」
「起きてくれ、これからジャック・オー・ランタンを作るぞ」
床にシートを敷き、テーブルにシルバーを誘導し
くりぬいた南瓜を前に置く。
疑問符ばかりを浮かべる白に、軽く説明を始めることにした。
「ジャック・オー・ランタン自体は知っているか?」
「い、いや…」
「簡潔に説明するなら、南瓜で作ったランタンだ。
目や口をくりぬいて、中に蝋燭やランプを灯す。
ハロウィンの代表的な装飾品だな」
「へ、へぇ…それを今から作るのか?」
「そうだ。…こんな風に、顔を作る」
データバンクから画像を取り出し、スクリーンに映し出す。
シルバーの金色の瞳が、煌いた。
「すっげー!これ、作るのか!?」
「だからそうだと言っているだろう」
「うわぁ!なぁシャドウ、オレだけで作っていい!?」
「あ、あぁ…構わんが」
「ありがとシャドウ!!」
はしゃぐシルバーを止める理由もない。
先程の南瓜の菓子も出来上がるまでまだ暫く時間が残っている。
そういえば、先程面白い文献を見つけたのだった。
「なぁ、シルバー」
「んー?」
「昔。ウィルという青年が居たそうだ。彼は口が巧かったのだが、卑怯で素行が最悪だった。
彼は死後死者の門に着いたのだが、天国へ行くか地獄に行くかを選定する者を騙し、生き返ってしまった。
しかし生き返った後も反省もせずに最悪なままでいたので、もう一度死んだ時に、
『お前はもはや天国も地獄へ行くこともまかりならん』と選定する者に宣告されてしまったそうだ。
それを哀れんだ悪魔が地獄の劫火から燃え上がる石炭を彼に差しだし、彼はそれを灯りとした。
夜中に時折現れる光は彼の灯りで、その灯りがジャック・オー・ランタンの始まりだそうだ」
聞いていなくてもいい、ただ忘れたくなくて、言葉を紡いだ。
天国へも、地獄へも行けない彼に、自分を少々重ねてしまっただけ。
彼は今もこの世界を彷徨い歩いているのだろうか。僕みたく、死ねないままで。
「……シャドウ?」
「っ、な、何だ?」
つい物思いに耽ってしまったらしい。呼ばれると同時に顔を上げる。
絶望すらも跳ね返す金色の瞳が、キラキラと瞬く。
「そいつはある意味ラッキーだったんじゃないか?だって、ずっと生きているのは辛いかもしれないけど、生きてればいいことだってあるだろ?」
へらりと笑うが、その瞳は芯をしっかりと燃え上がらせている。
あぁ、君はきっと、たった独りでも、そう待っていられるのだろう。
ふ、とつい笑みが零れた。死ねないことも、ある意味幸福と捉えられるのなら。
チン、と軽快な音がオーブンから漏れてくる。
どうやら、準備は着々と進んでいるようだ。
シルバーの手元を見れば、いい感じに目と鼻も口も出来上がっている。
後は中に蝋燭を灯せば、ランタンも立派な飾りとなった。
ピンポーン
さぁ、丁度いいところに賓客の登場らしい。
オーブンから南瓜のスイートポテトを取り出して、玄関の扉を開く。
「よーシャドウ!
…Trick or Trick?」
ニヤリと笑うソニックの影が、ゆらゆら揺れる。
招かざる客の形が、形成されていく。
「メフィ、レス…」
ふふ、酷いじゃないかシャドウ、ボクを呼んでくれないなんて
クスクスと、ソニックとメフィレスが嗤う。
ぞわりと背筋を這い上がる冷たさを振り払いたくなった。
「さー、当然準備してくれてるんだろ?」
とびっきりの、甘いお菓子を。
まだまだ、狂乱の渦へ
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