どうしてなんだろう。
こんな結末を望んでいたわけではなかったのに。
アンタの瞳にオレの姿は映らない。
どんよりとした灰色の雲が、今にも泣き出しそうな程に幾重にも重なって太陽の光を遮り、暗い影を落としていた。
靴の爪先が硬質な音を立てて空と同じ色を映したコンクリートを打ち鳴らす。
革製の学生特有の鞄を肩に掛けながら、銀糸の長い髪を有した少年は独り無人の路を歩いていた。
少年の表情は緊張を孕んでいるのかどこか固く、そして一滴の不似合いな色を混ぜ合わせたような蜂蜜色の瞳。
彼の普段持ち合わせている向日葵のような明るさはなりを潜め、何かを思い詰めているような印象だった。
何処かに向かうというはっきりとした目的地がある訳でもなく、ただ無意識にすらりと伸びた脚を回転させるだけ。
何時しか澱みきった雲間からは雫がぽたり、と零れ落ちてきていた。
漸く気づいたように少年は空を見上げる。
その頬に流れる透明な筋は空から与えられたものなのか、それとも少年自身からのものなのかも判別が不可能だった。
雨音が次第に大きくなっていく。傘も持たずにただ灰色に彩られた街並みを歩いていた。
多分に水分を吸った布地は重く沈み、パタリと一滴、また一滴と地面の水溜りへと雨と混じりその容積を増やしていく。
細く狭まった路地の一角に逃げ込むように滑り込んだ。
車のエンジン音も、人々の喧騒からも逃れた場所では、ただただ水が落ちる音ばかりが煩いくらいに鳴り響いている。
「………シルバー?」
蹲るように地面に腰を下ろしてしまった銀髪の少年に、大通り側から声が掛かった。
シルバーと呼ばれた少年が顔を上げて声が掛けられた方向を見やれば、同じブレザーを纏った少年が驚いたように立ち尽くしていた。
整った顔立ちを持った烏の濡れ羽色に鮮やかな緋色が混じる肩口まで伸びた髪は湿気を帯びて普段よりも艶やかに煌いている。
金の折り重なった紅色の瞳が、気遣わしげに少年に注がれていた。
そのままではどうしようもないと判断したのか、大通りから路地へと入り込み、細い象牙色のしなやかな指先がシルバーへと伸びていく。
「急に教室を飛び出したと思ったら、どうしたんだ、こんなになるまで…!」
すっかり冷え切っていた体に触れて、普段仏頂面と言ってもいい少年の表情が驚愕の色を浮かべる。
ずしりと重く鎖のように変化した布は、それだけでシルバーの体温を奪っていった。
「…ここからなら僕の家が近い、ひとまずそこで」
「いい。大丈夫だから」
少年からの申し出を拒絶するように断る。
それでもさらに気遣うようにこちらを見遣る少年に、やめてくれ、と尖った声を発した。
「オレは大丈夫だから。……待たせてるんだろ?」
シルバーがそう言葉を発すれば、少年の白磁の頬にうっすらと朱色が走る。
視線が後方へと向けられ、困ったような表情を浮かべた。
こちらへ入り込む路の入り口に、烏の濡れ羽色の髪を持つ青年とパーツの良く似た、
だが明らかに違う雰囲気を纏った少年が気遣わしげに朱色を有する少年に視線を遣っていた。
今は姿を隠しているが、鮮やかに晴れた空の色を切り取ったかのようなその色彩鮮やかな青色の髪。
肩口まで伸びたその髪を後ろにひと括りにし、首あたりから短く伸びている纏まった髪束は愛嬌を表しているかのようで。
日の光に輝く孔雀緑色の瞳は生気に満ちて明るい光を帯びている。
ネクタイを少々だらしなく崩した状態でボタンを二つ三つ程開いたシャツからはうっすらと鎖骨が覗く。
その首に下げられているのはプラチナの細いネックレス。それとそっくり同じものを見た記憶は新しい。
目の前でシルバーの様子を心配している、この少年の細い首筋にもう一つあることを知っている。
自分を飾るようなことをしなかった筈なのに、何時の間にそうなったのだろうか。
気付いた頃にはまるで最初からそうであったかのようにそこに収まっていて。
どうしてアンタの横に居るのが、オレじゃないんだろう。
ふと浮かんだのはどうしようもない疑問だった。そんなことは考えなくても明白な話である。
目の前の少年が、向こうにいる空色の少年を選んだだけ。たったそれだけのことなのに、その真実がとても重苦しく感じた。
感情が冷え込んでいく。なんで、どうしてという感情ばかりがシルバーの胸中を渦巻いては、
澱んだ空と同じ灰とも黒とも形容し難い色を内包して侵食していった。
ふと、漆黒と緋色を持ち合わせる少年が、シルバーから顔を背けて後ろで待つ空色の少年へと二言三言伝えた後、
シルバーへとその金紅の瞳の焦点をひた、と合わせた。
「こんな状態で大丈夫などと言うな。ソニックよりもお前の方が先決だ。僕の家でいいな?」
「…シャドウ……」
有無を言わさぬ口調と共に、華奢に見えるが力のある腕に引き起こされる。
鋭利な刃物にも近かったその瞳には、一滴の暖かさの炎が灯っていた。
視線をシャドウの向こう側へと向ければ、既にそこにソニックの姿は無く。
きっと後で待ち合わせか何かにしたのだろう。
シャドウのズボンのポケットの布地が薄く光を透かしているのは、きっと彼からのメールか何かで。
痛い。胸が痛くて仕方が無い。まるで細いナイフでずっと突き刺されているような。
引きずられるようにシャドウの家へと向かうシルバーの蜂蜜色の瞳に、澱んだ光が灯っては消えていった。
To be next...?
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