ぐ、と右手に握りしめるものに圧力をかける。
弾力性のある層を突き抜ければ、ブチブチと繊維を寸断する感触が右手へと伝わってきた。
それを抑えつけていた左手を見遣ればテラテラと光を反射し、掌を開いて閉じ指を擦り合わせれば、ぐちゅり、ぬちゃりと粘着質のある音と共に白っぽい小さな塊が糸を引く。
ある意味グロテスクにも卑猥にも見えるその仕草を終えた張本人は、満足そうに薄い笑みを浮かべた。



『美味しく美味しく喰べてあげる』



「なぁ、腹減った」

そう小さく彼が呟くものだから、こちらとしては何とかしてやりたいと思うのは至極当然の行動であり。
冷え切った貯蔵庫に足を踏み入れれば、調達して間もないであろう肉の塊が置いてあった。
大方闇を纏うアレが何処と知れぬ場所から失敬して来たのであろう。だが持ち主に返すなどそんな面倒をわざわざ自分でやりたいとは思わず、有り難く頂く事にした。



独りで立つには少し広すぎるキッチンに貯蔵庫から持ち出した材料を並べていく。
これが昔であればブロンドのあどけない少女と共に笑いながら行っていた日常の1コマだったなと色褪せぬ思い出に浸りながら、先程の脂肪の塊に手を伸ばした。
詰められた袋から取り出せば、それはまだ殆ど原型を留めたままだった。
刃を突き立てなくとも滴り落ちて来る赤い液体に少々眉を潜めながら、仕方なしに流水で一度綺麗に洗い流す。
あれだけの年月を経たというのに今も尚刃こぼれ1つ見当たらない刃を取り出し、太めの骨を避けながら体重をかけて幾つかの塊へと切り分けていく。
時折カルシウムの凝固したそれに当たり刃が食い止められるが、そのまま更に己の体重を全体的に乗せていけば、ガキンという硬質な音と、暫く後にはゴトンと重々しそうにそれの頭らしき部分がシンクへと転がっていった。
必要な量だけを切り分け、今要らない部分は滅菌された袋へと放り込み口を閉じる。
比較的涼しい場所に置いておき、先程切り取ったモノをひと口大へとぶつ切りにしていった。
骨の近くは刃をひっくり返して肉を削ぎ落とす。
紅と白のコントラストが妙に生々しいそれを見ていると此処で起きたあの忌々しい過去さえも思い出してしまいそうで、直ぐにシンク下へと捨ててしまった。
しんと静まり返った中響き渡るのは、ブツリと塊が小さくされていくそればかりで。
今なら恋に狂った殺人犯が証拠隠滅か何かの為に被害者を細切れにしている気分が解るかもしれないと漠然と考えた。
自分の中に取り込んでしまえるように細かく、細かく刻み込んで。
己の栄養分として摂取し、永遠にその相手と共に生きられるだなんて、そんな馬鹿らしくもある種ロマンティックな感傷に浸るのだろうか。
そんな事を考えている間にも下拵えは終了し、味を染み込ませれば後は火傷なんて可愛い怪我で済む訳がないぐらぐらに熱せられた油に放り込めば彼の胃袋を満たす為のメインディッシュの完成である。










ふっくらと炊き上げた艶やかな米と、コンソメをベースにした卵と若布のスープ。
瑞々しく水滴を弾くサニーレタスを千切り、薄く切った胡瓜とトマトを硝子の涼しげなボウルに散りばめて。
彼の為に食事を作るのが久し振りで、つい張り切ってしまった気がする。
銀のトレイに見た目すら気を使い見目良く並べた料理を持ち、彼が待っているであろうダイニングと呼べる調度品が置かれた部屋へと、音もなく進んでいった。












きっと「美味い」と彼が笑いながら言ってくれたのなら、
それだけで幸せになってしまうであろう単純な自分すら許してしまえるのだろう。



そう、僕を変えてしまったのは、間違いなく君。



















...................................................................................