ポツリ、ポツリと静かな世界にただただ音が降り積もっていった。
彼以外、誰も生きていないこの世界。
響くのは無機質な機械音。鉄屑は錆びて軋んでは鉄葉の玩具のようにぎこちない動きを見せる。
ウィィ…という静かな音と共に、鉄の箱は滑るように空へと昇っていく。
無人の世界の筈なのにシステムは日常を作り出し、街には明かりが灯り、星屑のように煌いては瞬いて。
緩やかに視界が広がっていく。遥か遠くにある筈の空と海が溶けて交じり合い、瑠璃色に輝いていた。
かつて宙からこの地上を見下ろした時と同じ、蒼と藍が広がっている。
どこか懐かしさと共に口端に笑みともいえぬものが浮かび上がった。
誰も存在しない箱庭へと、空から透明な雫が落ちてはぱたり、と鳴った。
機械音は止み乗っていた箱が止まる。開かれた扉が外気を連れ込み、冷え切った場所へと足を落とした。
足元にキシ、と音が響く。
傷一つない己の靴と、罅が入りボロボロと崩れ落ちた鉄で作られた何か。
それでもこの生産性のない世界では、己もこの鉄も同等なものだと思えた。
不安定な足場を歩む。街の一番高いところに鎮座された、苔生した自然物が視界に入った。
人工物に塗れた此処にある、唯一の自然物。
既に文字などは削られて、読めたものではない。
雨に風に長年晒されていたそれを、どこか愛おしそうに濡れることすら厭わずに触れて指でなぞった。
どうだ、元気にしていたか?
一番見晴らしの良い所だ。風と言われた君のことだ。
今日もまた、駆けているのだろう?
荒廃しきった街には人工物がそれそのままに放置されていた。
嘗ては沢山の自動車が走っていた高速道路は苔生し、車は錆びてそのまま列を成して時を過ごしていた。
昔は競うように走っていたというのに、既にその記憶すらノイズ塗れになっていた。
声が聞きたい。君の笑顔すら既に色褪せて、遠い昔のものとなってしまって。
記憶の何処を探しても、聴こえない君の声。見えない君の笑顔。
言いたい事が沢山ある筈なのに、それすら解らなくなってしまった。
雨の音が、煩い。
自分の声すら聞こえない。否。
最後に声を上げたのは、何時のことだったのだろう?
ギシ、と鉄が悲鳴を上げて崩れていった。
たった独り。永遠とも言える時間。荒廃する街、何一つ変わらぬ自分。
鉄の箱で、地上へと戻る。
地面から見上げる鉄の塔は、
まるで墓標のように、静かに佇んでいた。
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