「…どこだ…ここ?」
気が付いたら見慣れない土地に降り立っていた。鬱蒼とした森が立ち込める草原地帯。
未開拓なのか道と呼べる道もなく、申し訳程度に草を踏み固められたそれらしきものが見え隠れしている。
真新しい艶やかさを持つ自分のブーツととても不釣合いなような雰囲気があたりに漂っている。
まずは此処が何処で、自分はどうしたらいいのかを知らなくてはいけなかった。
きゅ、と足を進めるごとに草の柔らかな感触がブーツを通り越して伝わってくる。
不毛な土地に生きてきていた自分にとって、森も草原も、どれもが素晴らしかった。
自分の世界にもこういう風に緑が溢れていればいいのに、とつい思ってしまう。
少し沈んだ気持ちで歩みを進めていたら、急に視界が開けた。
どうやら森の出口に到着したらしい。霧や靄がかったような向こう側に、街や城のようなものが見えた。
ここから結構な距離がありそうだったが、まずはこの世界の仕組みを知らないと何も出来ない。
幸い力が使えないとか、そういうことはないようだった。ふわり、と薄緑色の光が自分の身を包む。
宙に浮かんだ視線の先には、見たことも無い世界が広がっていた。



石畳と石壁に囲まれた街を歩く。
活気に溢れていて、まるで休日に広場でやっている市場のように道の脇には沢山の店が広げられている。
食べ物や繊維ものや装飾品。見慣れているようでどことなく素朴さが感じられた。
原石をそのまま削りだしたような、荒々しい加工を施された赤い石。
確かルビーだとか、物識りのあの仏頂面が言っていたっけ、とふと思い出した。
そういえば最近会っていない。元気にしているのだろうか。

何処かでガシャン、と鉄が擦れる音がする。

音がする方向に視線を動かせば、人々の悲鳴と共に形容し難いモノ達が、大地から溶け出すように姿を現しだしていた。
その出現の仕方が何処となく知り合いに似ていて、胃の中がむかむかするようなそんな気分を味わう。
厭な思い出を穿り出されるようで気分が良いとは言い辛かった。
そのモノ達が手にしているのは、紛れも無い殺傷能力を持ち合わせた道具だった。
鋼の部分が鈍色に輝いて、どこか冷たさすら感じられる。
ついさっき水から上げたような、ぬらりとした輝きが太陽の光を反射して煌いた。
空へと振り上げられて、それが勢い良く振り下ろされる。その先には、
「やめろおおぉぉ!」
無意識に燐光が爆ぜた。圧力と化した力が歪曲されて、ギシギシと骨の軋む音が聞こえるような感覚。
一息に握りつぶせば、きっとそこには肉片しか残らないだろうことは感覚が教えてくれていた。
相手の仮面の向こう側から冷たい光が見え隠れしている。殺戮を本気で愉しんでいるような、そんな光。

虫唾が走る。

「何をしている?」
いっそのことこのまま握りつぶしてしまおうか…と思った矢先だった。慣れ親しんだ声が降りかかってくる。
馬に乗り鈍い色に輝く甲冑と、鋼鉄の仮面で表情は隠されていたが、紛れも無く知り合いの姿だった。
「シャドウ!?」
思わず素っ頓狂な声が上がってしまった。相手がこちらに視線を向ける。
僅かな光が見えた、が、そこにあるのはただ冷え切った光だった。
手にした大降りの片手剣が、美しさを内包しながらも獣の牙のように冷ややかな輝きを見せている。
捕食者の眼だと、直感的に思ってしまった。
「…シャドウ…?嗚呼、確か王もそんなことを一度言っていたか…」
クスリ、と冷えた光が和らぎを見せて、その表情に笑みが灯った。
「そんな無防備な格好なのだから、君はガラハッドではないのだろう。
 異世界からの客人よ、僕の家で少し休むといい。王と同じ存在を知っているのなら、君は敵ではないのだろう?」
馬から下りたシャドウにそっくりな相手は、その仮面を上にずらして素顔を見せる。
その顔はやはり彼と同じだった。金紅の瞳が艶やかに輝いていた。
彼の名前はランスロットだと、その後に軽い自己紹介があった。馬の手綱を引きながら、この世界の説明を聞く。
どうやらこの前ソニックが言っていたアーサー王の世界なのだということはぼんやりと理解できたのだが、
そこにどうして自分が来てしまったのかは分からずじまいだった。
王が来ているから問題ない、とランスロットは笑いながら言う。
この世界と元の世界を繋ぐのは王宮魔術師のマリーナの力らしいが、それには王の許可が必要となるらしい。
言えばすぐにでも了承してくれるだろうが、彼はいろいろな所に出歩くから、暫くは滞在を余儀なくされるだろうと。
ソニックみたいだな、とも思いながらそれは口にせずにそのままランスロットに続いた。
どうやら彼はそれなりに偉い位の騎士らしく、街に訪れれば住人達が贈り物やらを持ち出しては笑顔で手を振ったりと、人気者らしかった。
優しげに笑みを浮かべながら住人と話をするランスロットを見るととても意外だと思ってしまうのは、
きっと知り合いの方を思い浮かべてしまうからなのかもしれないのだけれど。
街から離れて街道を歩き、暫くすれば大きな邸宅が見えた。
郊外に大きな家を沢山見かけたが、それに比べても大きい。
煉瓦が隙間無く詰めて建てられたその家は今まで見てきたものと見比べれば質素な印象を受けたが、広々とした庭には美しい花々が統一され咲き誇っていた。
ランスロットに促されるままに中へと足を運ぶ。蝋燭の灯りがちらちらと陰影を造り上げては調度品を照らしていた。
豪奢な装飾などはないが、質の良いものが揃っている。華美なものを好まない彼らしさが垣間見えた気がして、思わず笑みが零れた。



大きな客間に通される。屋敷には召使とか、色々と人がいるものだと勝手に予想していたのだが、そうでもないらしい。
一人、銀色の髪が映える初老の人物が彼の前に深々と頭を下げた。簡単な食事と飲み物を、と彼が命じた後、また頭を下げて奥へと戻っていった。
「…さて、君はシルバーと言ったか…」
食事が運ばれてくるまで、と差し出されたカップには香り高い紅茶が光を反射しながら揺れていた。
喉を通せば、暖かな感覚が臓腑を駆け抜けて溜まっていく。今更ながらに渇きを思い出し、また一口。
彼の淹れたものとは違うけれど、自分の好みの味だった。
ランスロットが思い出したように自分の名前を呼ぶ。普段聞くものよりも少し低めの、艶を帯びた声。
ドクン、と心臓が跳ねるのを感じた。頬に熱が溜まっていくのを感じる。
「あ、あのさ、ランスロット、俺、外見てきてもいいか?」
「ああ、構わない。だがあまり屋敷からは離れぬようにな」
このまま一緒に居たらまずいとなんとなく感じた。半ば逃げるように庭へと飛び出す。入るときに見たのと同じ、美しく統制された、鮮やかな庭。
折らないように手に取った。白や赤、黄色に混じって深緑がコントラストを生み出している。砂利の敷き詰められた道を歩けば、奥まった庭園が見えた。
なんとなく呼ばれているような、そんな気分になって足を進める。その先にはまた別の植物達が群生しているらしく、先程の鮮やかさは無かった。
薬草や香草と呼ばれるものが所狭しと生えている。そういえばこの時代では草花から薬を作っているのだと、歩いている間に聞いた気がした。
ガサリ、と自分のものではない靴が草を踏む音が耳に届いた。振り返れば、そこには。

自分と瓜二つの少年が、仮面の向こう側で驚いた表情を隠せずに立ち尽くしていた。

「お…オマエ誰だっ!?」
狼狽した少年が、薄碧の光を纏った大降りの剣を浮かべてこっちに向ける。どことなくランスロットの持っているものと装飾が似ていた。
それを言いたいのはこっちも同じだったけれども、確かランスロットにガラハッドという同居人が居ると教えてもらっていた気がする。
自分によく似ているのだと言っていたが、まさか瓜二つなんて聞いていない。
「何があった…ああ、戻ったのか」
「父上!この者は誰なのですか!?」
「王と同じく、異世界から来た客人だ…シルバーという」




ちょっと待て。
今父上とか言わなかったか。




ランスロットとガラハッドが何か話しているのを、どこか遠くで聞いていた。というか聞こえてなかった。












シャドウ!俺早く元の世界に帰りたい!!!!



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