「アイツが来るよ」

手に長い杖を持った白い獣が、灰色と黒のマーブリングになった空を見上げながらポツリと呟いた。
彼の持つ杖の上部には大きな瑠璃色の玉が嵌め込まれ、豪奢な装飾が全体に施されている。
時折淡い薄碧の光を放っては、不思議な力を垣間見せる。
分厚いローブに包まれたその身体の中の何処にそんな力を持ち合わせているのか、と思うことはよくあった。
問いかけても、何が返ってくるわけでもないのだが、気になるものは気になるのだ。
手合わせをしても、彼は魔法で僕は剣だ。勝負にならないと言われるのは明白なのだが。

「…来るのか。彼が」
「ああ。この国を滅ぼしに、やって来る。エクスカリバーはアイツの手の中だ」
「ハッ、マーリンめ…余程この国が嫌いなようだな…」

殆ど独り言に近い状態で小さく呟けば、今度ははっきりとした意思を彼が伝えて来た。
伝承でしか聞いた事の無い青い獣が、とうとうやって来るのか。
どれだけ強いのだろう。彼の剣の腕はどれだけだろうか?
伝説ともなるのだから、それは華麗な剣捌きを見せてくれるのだろう。
戦える、という事実に心が何時になく踊っているのを自覚していた。

「でも、アンタが負けたら…この国はどうなるんだ?」
「この僕が、負ける?」

ガチャリ、と重苦しい鉄の音が響いた。艶やかに磨かれた銀の鎧が、音を立てる。
この国はもう崩御したと言っても良い。それでも、王の国なのだ。たった一人の主君なのだ。
彼を護ることが僕の誇りであり、義務だった。
国を滅ぼそうとする輩が存在するというのなら、僕はそれを退けるだけ。

「このランスロット、伝承でしかない存在に負けはしない!」

馬に飛び乗り、駆ける。暗雲は雨を連れてくるだろう。悪天候だろうが、構うものか。
寂しそうな瞳で金色が揺らめいていたが、熱くなる血潮の方が勝っていた。








「…なんでいっちまうんだよ。馬鹿」

こんなことなら伝えなければ良かったと、後悔ばかりが募っていく。
今までずっと隣に居た彼は旅立ってしまった。これから何が起こるのか?そんなのは明白。
ずっとずっと昔から見てきたのだから。

アイツが居なくなれば、彼は戻って来てくれるだろうか?

そう思ったら留まってなど居られなかった。
大きな瑠璃色が、鮮やかな空の色を映す。か  瞬間、白い獣の姿は霧散していた。








「…アンタが、伝説の騎士様とやらか?」

湿った空気がローブの中を蒸し返している。不快感が募るがそんなことを気にしている時間はない。
彼が来る前に、早くこいつを始末しなくては。

「シルバー!?」
「はぁ?誰だそれ」
「彼は王宮付きの魔導士よ」

青い獣は彼に良く似ていた。似ているというよりも、似ていた。
色彩を同じにしてしまったら、見間違えてしまうほどに。
後ろに居る耳の尖った少女が青に囁く。確か、マーリンの娘だったか。

「アンタ達には悪いが…此処を通すわけにはいかないんだ!」

自分には少し長い、ずっしりとした重みのある杖の玉が填め込まれている部分を二人に向ける。
煌く色は、辺りの物体を浮かせては大きな渦を作り上げた。
応戦するように少女が杖を掲げる。相殺しようとする力が感じられたが、王宮随一と言われた自分にとっては取るに足らない。
注ぎ込む力を増幅させれば、簡単に少女は吹っ飛んだ。

「!」

青が驚いたように少女を抱き留める。エメラルドの瞳が煌いていた。
強い意志を持った、彼と同じ瞳で。

「シルバー…ちょっとおいたがすぎたようだなー?」

口調は軽いままだったが、その後ろに燃え盛る炎があることを瞬時に理解した。
空気に、気迫に呑まれる。このままではいけないと、短い詠唱で距離を取る。
怒らせてしまったようだ。直情的そうな青のことだ、このままではまずい。
どうしようと思考を巡らせても、いい案は思い浮かばなかった。
ぐるぐるとした頭は混乱を増すばかりで、沈黙ばかりが続いていった。
青の手にした大降りの剣が、輝かんばかりに光っている。
すらりとしたその剣が、こちらに向かって突進して来た。まずい、と目を瞑れば、ガキン、と鉄と鉄のぶつかり合う音。
恐る恐る瞳を開けば、漆黒に銀を穿いた見慣れた姿。

「シャドウ!?」
「ランスロット…!!」

自分と青の声が同時に発せられる。だが、その固有名詞は全く異なるものだった。
青のよりも細身の白銀の剣が冷たく輝いている。膠着状態を振り払うように、横薙ぎに一閃。
飛び退った青と、また距離が開いた。

「どうして君が此処に居るんだ。王宮に居たのではなかったのか?」
「お、オレ、ただ…」
「…まあいい。今は退くぞ。後ろに乗るんだ」

彼が躾の行き届いた馬に跨る。それを追いかけて蔵に攀じ登った。

「……伝承の騎士とは君か。否応にも会うことになろう。ではな」
「あっ、おい、ちょっと待てシャドウ!!」

奴の制止を求める声などには見向きもせずに馬を走らせた。
ぽつり、ぽつりと雨が降り始めている。
冷たく光る彼の鎧に触れるのが、痛くて仕方なかった。

「あんまり無茶はするものじゃないぞ」
「…だって、アンタは戦いにいくのに、オレだけ待ってるなんて嫌じゃないか」
「君は魔術師で僕は騎士だ。違う役割なのだから仕方ないだろう」

呆れたような声が、柔らかなトーンで紡がれていた。少しは心配してくれたのだろうか。
そう考えたら嬉しくて、自ずと頬が緩んでしまった。









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