ほんの少しの、悪戯心のつもりだった。
アイツの慌てる顔が見てみたかった。
ただ、それだけだった筈なのに。

「…何でオレ、こんな所に居るんだ…?」



事の発端は、シャドウと一緒にちょっとした運動をしていたら、白熱してしまったのか、部屋にカオスエメラルドが有る事も忘れて本気を出してしまったらしい。
お互いの力がぶつかった結果、時空に歪みが生じて2人で飲み込まれてしまった。



気付けば、見慣れたような見慣れないような場所に飛ばされたらしい。
とりあえず周囲の様子を見ると言ってその場を離れたシャドウを見送った後、心に湧き上がったのはちょっとした嗜虐心。
あのいつも平静に努めているアイツを困らせてやりたくて、明後日の方向へ音速で駆けていく。










辿り着いたのは少々寂れた街だった。



この姿は物珍しいのか、普段とは違い視線で焼かれそうな程街の住人に見つめられた。
虚ろな瞳なのに、その奥はギラギラと鋭利な刃物の如く熱を孕んでいて。
落ち窪んだ眼窩から、何処か危険な雰囲気を感じ取っていた。

「ねぇ、おにいちゃん」

ふと、背後から声が掛けられる。
手も脚も、身体すら骨が浮き出るのではないかと言う程痩せ細った少女が自分を見上げていた。

「What?どうしたんだいお嬢ちゃん」

頭を撫でようと手を伸ばすと、怯えた様に身を引かれる。
諦めてまた別の場所に移動でもしようかとした矢先、後頭部に衝撃が走った。

「!ぐ、ぅ……」
「ごめんねおにいちゃん。美味しく食べてあげるから」

少女の声には怯えと期待とが入り混じっていて、何処にも冗句は見当たらなかった。








 









 







気が付けば、冷たい床の上に転がされていた。
軽く辺りを見回すと、小さな檻のようで、3方向は壁に阻まれ、出口と思しき所には、冷ややかな鉄の棒が無機質に並べられていた。
後頭部には未だ鈍痛が残るが、殺すつもりはなかったのだろう、少し瘤になっているだけでそれ以上の負傷はないらしい。
その代わりといっては何だが、逃げないようになのか、自分の両の脚には鎖が履かされ、壁に繋がれていた。

小さく、溜め息。

あのぎらつきは飢え故だったのかと今更理解し、どうしたものかと思考を巡らせる。
自分が美味かどうかはこの際置いておいて、このまま何もしなければ確実に彼らの食料にされてしまう。
とはいえ、軽く動かしてみても両の足に掛かった負荷は簡単には外れてくれなさそうだった。

ジャリ、と硬質な靴が砂を踏みつける音が響いた。

「…………」

息を殺し、やってくるであろう人影を待つ。
しかし、何時になっても自分の居る場所の前には現れる気配が無かった。

「……?」
「ずいぶんいい部屋に通されたみたいだな?」


不思議に思い出口を見遣れば、そこには


漆黒に朱を穿いた、影の姿。

「シャドウ…!!」
「静かにしていろ。見つかってしまう」

つい声を上げようとして、その手で口を塞がれる。
落ち着き払った声。心に安堵感が広がっていったが、それを表にはだそうとはせずに、皮肉な笑みを浮かべた。

「…で?囚われのオヒメサマは騎士様に助けてもらえるのか?」
「…僕が、君を?」

フ、鼻で笑われた。
カッと頬に熱が生じる。挑戦的に見上げれば、不敵な笑みを浮かべていた。

「てめ、助ける気がないんだったらとっとと行けばいいだろっ!」
「別に助けないとは一言も言っていない」

ぐい、と力任せに引っ張られる。
じゃら、と鎖が重々しい音を立てた。

「…君を縛るのは、そんなものじゃない」

苦々しげに彼が呟く。苛立ちがありありと感じ取れる。
空気が、ピリピリと刺すかのようだった。
彼の両手が頬を包む。自ずと閉じていく瞳、重なる唇。
触れるだけの、たった一瞬。

「君は大人しく待っているがいい」

そう彼の言葉が聞こえた時には、その姿は既に掻き消えていた。
























暫くの間、静寂が辺りを包んでいた。
外の明るさも喧騒からも切り離されたこの場では、今現在彼が何をしているのかも解らない。
それでも、彼が倒されるなんて想像は全く浮かばない上、必ず帰ってくるだろうと信じてしまえる自分に少々可笑しさが込み上げる。

そうさ、アイツがやられるわけがない。




バタンと、大きくこの音すら届かない世界に荒々しさが舞い込んでくる。
真っ直ぐに向かって来る、その姿は緋色。
指を赤黒く染め抜いているにも関わらず、彼の纏う雰囲気は少しも損なわれない。
綺麗だと、直感的に感じた。伝えるなんてことは、絶対にないのだけれど。
意図的に彼を見上げる。その金朱の瞳が、己を射抜く。

「遅かったな。腕が鈍ったんじゃねぇの?」
「こんなところに繋がれている君には言われたくないな」

彼の持つ鈍色の鉄の塊が、2人を隔てていた棒を切り落とした。
ずかずかと中に入り込んで、脚を拘束していた鎖を叩き壊して、腕を掴んで歩き出す。

「ちょ、待てって!」
「こんな所に長居する必要はない。帰るぞ」

その手にはキラキラと輝く、二つの宝石。
ニヤリと示し合わせたように笑みを浮かべながら、こつんと互いに拳を合わせた。






 







誰にも渡したりなんかするものか。


アイツ オレ
   は  のもの。
君   僕























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