「シャドウ、居ないのかー?」
既に通いなれた友人の居住区へと足を運ぶ。
整然と整えられているのに埃っぽいと感じるのは、
この部屋の主の好きなものに関係しているのだろうか。
辺りにはあるべき場所に収まってはいるが、
明らかに一人で読み切れる量ではないであろう本が、四方の壁を埋め尽くしていた。
自分よりも遙かに大きなその天井まで届くその本棚に圧倒される。
まるで図書館と言うよりは。本の墓場だった。
彼は一度覚えたことを忘れない。意図的に忘れない限りは。
一度読み終えた本は余程の気に入りでなければ二度とその手を差し伸べられることもない。
主に今一度触れられるのを待つそれらはまるで一度寵愛を受けた寵姫のようだ、と感想を漏らした。
「シャドウ?しゃどーう??」
光の差し込まない部屋の更に奥へと踏み込んでいく。
ちらちらと蝋燭の頼りない明かりがランタンの中で揺れていた。
古めかしい、でも上等なものだと一瞬で理解できる豪奢なソファ。
そこの周囲だけにうず高く積まれている本、本、本。
ジャンルも装丁もまちまちで、一貫性など見当たらない。
それでもどれ一つ開きっぱなしというものがないのは持ち主の性格故なのだろうか。
書籍の山を崩さぬように、物音も立てずにソファに近づく。
そこには、案の定この部屋の家主が眠っていた。
規則正しく紡がれる寝息は彼の眠りが深いことを知らせている。
初めの頃は自分が扉を開けた途端にこっちに向かって銃弾を打ち込んできたというのに。
少しは信用してくれたのかな、と嬉しさが込み上げてきた。
思わず頬が緩んでいくのを自覚する。
ソファの麓まで、あと一歩。
距離を埋める。震える指先を伸ばす。数センチ。
「………うわぁっ!!」
あと少しで触れるという時に、とんでもない速度で腕を掴まれた。
そのまま体が、視界が回っていく。気付けば背中に柔らかな感触。
「……なんだ、シルバーか」
「なんだってなんだよ!此処に来るのなんて限られてるだろ!」
吼えるように声を荒げれば、口を塞がれる。
熱に浮かされれば、ニヤリと勝ち誇った笑みが視界に浮かんでいた。
黄金を混ぜた美しい紅玉の瞳が、どこか悪戯めいた少年のような光を湛えていて。
「…そうだシルバー、紅茶が飲みたい」
「はぁ!?アンタ自分で淹れた方が美味いっていっつも言うじゃないか!」
「……勘の鈍い奴だな。君の淹れたものが飲みたいと言っているんだ」
僅かに伏せられた瞳に少々の照れが内包されていたのを見逃さなかった。
自覚した相手が、しまった、とでも言いたげな、苦虫を噛み潰したような渋面に変わる。
さあ、光を差し込んで、お茶にしようか。
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